ひだまりラリアットLOVE

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朝焼けロックアップ ~あるアイドルグループの誕生物語~ 第1話

 秋葉原にあるコスプレ喫茶の店内に「ガシャーン!」という大きな音が響いた。
 グラスを粉々に割ってしまったのは、28歳の女性店員・小林咲彩(こばやし・さや)。
 オロオロしながら片付けをする彼女を見て、若い女性店長は「割れないグラスにしようかな」とつぶやいた。
「先輩!大丈夫ですか?」
 動揺が止まらない咲彩の元へ、後輩の佐々木のりこが駆け寄ってきた。
「あ、ありがとう。のりちゃん。いつも助けてもらってばっかりでごめんね。」
 咲彩が頭を下げた。
「ちょ、ちょっと先輩!やめてください!」
「だって、のりちゃんには、毎日毎日助けてもらってばっかりで……」
「いえ、私は先輩と一緒に働けて、毎日本当に楽しいんですよ。」
 その言葉を聞いた咲彩は顔を上げ、のりこに抱きついた。
「ありがとう。のりちゃん。すごく嬉しい!」
「私、先輩のそういう素直なところ、大好きです。」

 ここは秋葉原の外れにあるコスプレ喫茶「朝焼けロックアップ」。
 店員として働いているのは、咲彩とのりこの二人の社員と、アルバイトが数名だけ。
 週一回の定休日を除いて毎日働いているのは、この二人だけだった。

 ――そもそも小林咲彩は接客業に向いていない性格だった。内向的であがり症で対人恐怖症。
 彼女は巷でよくある人間関係のもつれから、短大を卒業して4年間勤めた会社を辞めていた。
 すぐに再就職のための活動を始めたのだが、内向的な性格ゆえ、面接すらままならない状態だった。
 ようやく雇ってもらえたのが、3年前から働いている、この「コスプレ喫茶」だったのだ。
 彼女が採用してもらえた理由。それは168センチという身長とスタイルの良さ。
 さらに、ちょうどオープニングスタッフを募集していたタイミングだったため、猫の手も借りたかったという店側の都合もあった。
 それでも彼女は拾ってもらえたことに恩を感じたのか、社員となり毎日のようにシフトに入り続けた。

 もう一人の社員が佐々木のりこ。2年前、初めてここに来た時はまだ大学生だった。
 都内の大学に通っていた彼女は、地元の船橋から学校への通過点である秋葉原でバイトを探していたところ、ビラ配りをしていた小林咲彩に声をかけられたのだった。
 その頃は背の高さを生かして男装をしていた小林咲彩に一目惚れしてしまったた彼女は、すぐに面接を受けることにした。
 結果は見事合格。小林咲彩に負けないスタイルの良さと、黒髪ロングの清潔感。そして気取らない自然体の雰囲気が採用の決め手だった。
 彼女はそのまま大学を卒業すると同時に、このコスプレ喫茶に就職し、社員となった。
 現在は小林咲彩と共にコスプレ喫茶のメインスタッフとして、日々お店に出ている。

 咲彩のメインのコスプレは「チャイナドレス」。働き始めの頃は男装をしていたが、ガチ恋勢のストーカーまがいの女性客が出始めたことから路線を変更した。
 のりこの方は、物憂げな「文学少女」。お店の片隅で難しそうな文学作品を読みふけっているという接客には不向きの設定だが、高校時代の制服をそのまま流用しているだけなので、そんなに苦労はしていないようだ。
 意外なことにお客さんの半分は女性で、主に咲彩の男装時代のファンがそのまま常連になってくれた形だった。
 これまでは咲彩が原因のささやかなトラブルはありながらも、楽しく平和な日々が続いていた。

 ――ところがそんな日常が音を立てて崩れるような出来事が起きた。
 絶望の言葉を告げたのは、若い女性店長・夏ヶ崎マノアだった。

 この日、仕事が終わった後の休憩室には、社員の咲彩とのりこだけが残っていた。
 帰り支度を終えた咲彩とのりこが、他愛もない話をしていると、ノックをして店長が入ってきた。
「お、おつかれさまです。」
 二人が立ち上がって挨拶をすると、店長は改まった様子で目の前に立った。
「二人とも、おつかれさまです。」
「……」
 沈黙が流れた。言いにくいことなのか、店長は少し言い淀んでからきっぱりと告げた。
「今日はここで、二人に言っておかなければならないことがあります。」
「は、はぁ……」
「えー、誠に言いづらいことなのですが……このコスプレ喫茶は倒産します。」
「は、はぁ!?」
「どういうことですか?」
 突然すぎる重大発表に、二人とも理解が追いつかないようだった。
「正確に言うとまだ倒産はしていません。ただ来月末までに借金を返さないと潰れます。」
「えっ!?来月末って、あと一ヶ月半じゃないですか!」
 珍しくのりこが大きな声を出した。
「それって……無理ですね。」
 咲彩は一瞬で諦めモードに変わっていた。
「そうですね。小林さんの言う通り今のままでは無理ですね。」
「……そういうことならわかりました。」
「ありがとうございました。」
 二人は同時に休憩室を出ようとした。
 慌てて店長が二人の腕を掴んだ。
「ちょっと物分り良すぎですよ!愛着とかないんですか!もっと抗ってくださいよ!」
「……でも、私たちにできることなんてありませんよ。」
 咲彩がそう言うと、待ってましたとばかりに、店長が胸を張った。
「実は私には“秘策”があります!」
「秘策~?」
「そうです。その秘策とは……」
「秘策とは?」
「二人にアイドルデビューをしてもらいます!」
「はぁ?」
「アイドルになって一発逆転してもらいます!」
「いやいやいやいや、無理でしょ!」
 二人は同時に否定した。
「大丈夫です。必ず売れるアイドルにしてみせます!」
 その根拠がどこから来るのかよくわからなかった二人だったが、次の言葉で不安が信頼に変わった。
「だって私は、元アイドルですから!」
 ――もしかしたらもしかするかも…と。