ひだまりラリアットLOVE

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朝焼けロックアップ ~あるアイドルグループの誕生物語~ 第2話

 翌日からは、店員の仕事と同時にアイドルデビューに向けての特訓も行うことになった。
 営業終了後にお店の小さなステージを使い、元アイドルの店長からレッスンを受けているのだが、店長の指導はとても厳しく、日中の店員の仕事との掛け持ちはかなりの負担を強いられた。
 その日、小林咲彩はレッスンを終えた駅までの帰り道で、一緒に歩いている佐々木のりこに疑問をぶつけた。
「店長ってさ、私達のどっちをデビューさせるつもりなのかな?」
「えっ?私、二人のユニットでデビューするものだとばっかり……」
「そうなの?私はどっちか一人だけがデビューするんだと思ってた。」
「うーん、そればっかりは店長に聞かないとわからないですね……」
 デビューするのが一人だけというのならば、残った一人が厳しいレッスンを受ける必要はない。
 そう思った咲彩は、翌日すぐに店長へ疑問をぶつけた。
「あの……私達、どっちか一人だけがアイドルデビューするんですよね?」
 店長はキョトンとした顔をした。
「えっ?あなたがたには、グループを組んでデビューしていただきますよ。」
「グ、グループって、私とのりちゃんの二人でですか?」
「いいえ。ユニットではありません。グループです。」
「グループ……」
 咲彩は予想していなかった答えに驚きを隠せずにいた。
「グループですか……。ということは私たち二人の他にも、メンバーが必要ってことですよね。」
「はい、グループなので三人以上は必要かと思っています。」
「三人以上?もしかして店長には他のメンバーの当てがあるんですか?」
「一人、当てがあるといえばあるのですが、ちょっと手強い方でして……」
「手強い?」
「この店の店員なんですが、そもそも滅多にお店に来ないんです。」
 咲彩は毎日のようにシフトに入っているため、おおよその店員のことは把握しているつもりだった。
 そのため店長が言う「滅多に姿を見せない店員」というのが誰のことなのか全く思い当たらなかった。
「私、ぜんぜん思い当たるふしがないんですけど……」
「はい、それはそうだと思います。彼女は厨房にいるキッチンスタッフなので。」
 言われてみれば咲彩はキッチンスタッフのことまでは把握していなかった。
 キッチンスタッフの中でもメインのスタッフのことはさすがに把握していたが、メインではない上に滅多に来ないとなると、覚えていなくても仕方がなかった。
「本当は接客を担当してほしかったんですけど、どうにも掴みどころが無くて……」
「掴みどころがない?」
「そうなんです。かなりマイペースな方なので、接客を任せる決断ができなくて……」
「それならどうして店長は、アイドルグループに相応しいと思うんですか?」
「あの子は飛び道具になると思うんです。世間にショックを与えられるような、クセのあるメンバーになれるかと。」
「……うーん。そういうもんなんですかね。」
 咲彩はその言葉の真意をしっかりと把握できなかったが、今は店長の言葉を信じることにした。

 咲彩はその日の帰り道、のりこに幻のキッチンスタッフについて聞いてみた。
「滅多に来ない……。それって、もしかしたら、あの人かも……」
「のりちゃん、知ってるの?」
「キッチンスタッフなんですけど、大きなヘッドホンをしながら調理している、ちょっとくせ者っぽい人が一人いるんですよ。」
「そうなの?そんな人いるの?」
「月に2、3回。それも2時間ぐらいしか来ないんで、ほとんど会ったことは無いんですけど……」
「そうなんだ……でも私、一度も会ったことないかも。」
「それってたぶん、先輩がステージを担当している日に来てるからですよ。」
「なるほどね。だからすれ違ってたのか。」
 咲彩はまだ見ぬメンバーのことを伝え聞けば聞くほど、不安な気持ちになっていった。

 その日、レッスンが始まる前、咲彩とのりこは店長からバックヤードの通路に呼び出された。
 その場で聞かされた店長の言葉は、二人にとって意外なものだった。
「申し訳ありません。私の代わりにナルさんとお話していただけませんか?」
「ナルさん?」
「メンバー候補の方の名前です。」
「あー、あの幻のキッチンスタッフさんですね。」
 のりこは顔と名前が一致したようだった。
「どうして店長の代わりに私達が説得するんですか?」
 咲彩が当然の疑問を口にした。
「それがですね。もしグループに入るならメンバーを見てから決めたいとおっしゃっているので……」
「なるほど~それはごもっともですね。」
 咲彩はすぐに納得した。
「先輩!それって私たちが「品定め」されるってことですよ。」
「うーん、でもさ、一緒にやっていくなら第一印象とか相性とか大事だと思うよ。」
「それはそうかもしれないですけど……もしダメだったらどうするんですか?」
「その時は縁が無かったってことで。」
「店長!それでいいんですか?」
「私も咲彩さんと同じ考えなので大丈夫です。それに……」
「それに?」
「きっとナルさんも、お二人のこと気に入ると思いますよ。」
 店長はそう言うと、ナルが待つ控室へ二人を連れて行った。

「ナルさん、入りますよ。」
「どーぞー。」
 控室の中から軽めの声が返ってきた。
「私は外で待っているので、ごゆっくりどうぞ。」
 店長は二人を中へ促した。二人は少し緊張しながらナルの待つ部屋の中に入っていった。
 そこにいたのはパーカーにハーフパンツ、短い金髪に首にかけたヘッドホンという、アメリカの西海岸あたりを感じる雰囲気の女の子だった。
「えっと……ナルさんですか?」
「南海ナルです!」
「はじめまして。私はフロア担当の小林咲彩です。」
「あー!ステージで歌ってるの見たことある!大人っぽくてかっこよかったよ!」
「あ、ありがとう。南海さん、いい人ですね!」
「いい人じゃないよ~、嘘がつけないだけだよ~。」
「それでも褒めてもらえて嬉しいです。」
「どーも。」
「そして、こちらにいるのが……」
「同じくフロア担当の佐々木のりこです。」
「あー、何回か見かけたことある!落ち着いた雰囲気で綺麗な人だな~って。」
「あ、ありがとう!」
 二人は褒められたことが嬉しかったのか、すっかり緊張が解けていたようだった。
「それでね南海さん。」
「ナルでいいよ~アタシまだハタチなんで。」
「私より8つも下……」
 年齢を聞いた28歳の小林咲彩がブルブルと震えだした。
「せ、先輩!しっかりしてください!」
「だ、大丈夫。若い子の不意打ちには慣れてるから。」
「あはは~先輩、おもしろーい!」
 ナルは咲彩が動揺する姿を見て爆笑していた。
 咲彩は取り繕うように、キリッとした表情をしてナルに聞いた。
「それでナルちゃん、アイドルグループに加入して欲しいって話なんだけど……」
「いいよ~!」
「へっ?」
 咲彩とのりこは二人同時に変な声を出した。
「いいよ~!入るよ~!」
「えぇ~!!」
「なんで?」
「だって二人ともアイドルっぽくないから。」
「アイドルっぽくない?」
「うん。でもその方が面白くなりそうじゃない?」
「そ、そうなの?」
 咲彩はナルの答えに戸惑っていた。そんな咲彩を見て、ナルは笑いながら言った。
「あはは。もっとアイドルアイドルしてる人だったら断ってたよ。」
 ナルは立ち上がって控室のドアの方へ歩いていった。
「これは楽しくなりそうだね~。」
 そう言うと、外で待つ店長のところへ向かっていった。
 咲彩とのりこはナルの掴みどころのなさを肌で感じて、戸惑ったまま無言で立ち尽くしていた。