アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その3
【第1話】その3
ひだまりラリアットがプロレスに参戦する日の午後3時10分。
マネージャーが待ち合わせ時刻に指定した午後3時を10分も過ぎているというのに、メンバー5人のうち、まだ2人しか来ていない。
綾瀬陽菜はスマホをいじりながら、佐々木のりこに語りかけた。
「ナルちゃんは絶対に来そうにないよね」
「まぁ、あの子は気まぐれだから…」
メンバー屈指のマイペース、南海ナルのことは、なぜか全員が特別扱いをしている。
どこの世界にもそういう扱いを受ける人はいる気がする。
「あと5分待って来なければ、置いていきます」
マネージャーは相変わらず姿勢正しく立っている。毎日こんなに気を張っていて大丈夫なのだろうか。
すると、ドタドタと大きな足音を立てて、髪を振り乱しつつ、一人の女性が現れた。
「ご、ごめんなさい。プロレスのことを調べたくてウィキペディアを見てたら、次から次へと面白いエピソードがいっぱい出てきて、徹夜しちゃって、そのまま寝てしまって…」
ボサボサの髪に、乱れた服装。どうやらメイクもそこそこに駆けつけたらしい。
「勉強熱心なのは良いことですが、約束の時間に遅れるのはプロとして失格です」
「…ってことは、私はまだアマレスラーですね!」
「さやべぇはいつもどこかずれてる」
つい口にしてしまった綾瀬陽菜。
佐々木のりこが、小林咲彩の髪と服を整えながら言った。
「まだ試合まで時間あるから大丈夫だよ。アイドルなんだから、髪も服もちゃんとしようね」
最年長の小林咲彩は、されるがままになっている。
まったくどっちが年上なんだか。
「……そろそろね」
マネージャーが腕時計に目を光らせた。
まだ残りのメンバー2人が来ていない。
そこへ、猛ダッシュで小さな影が走り抜けた。
「おっとっと、通り過ぎちゃったよ、えへへ」
小さな体なのに、ひときわ声が大きい、リーダーの歩千春だった。
「歩さん、リーダーのあなたが遅刻してどうするんです!」
「ご、ごめんなさい。後楽園ホールと間違えて、東京ドームの関係者入口で待ってました」
「さすがリーダー!スケールが違いますね!」
小林咲彩がやっぱりズレた合いの手を入れる。
「小林さんは黙っていてください!」
「ムギュ~」
マネージャーに怒られてちょっとヘコむリアクションも、最年長を感じさせられるものだった。
「あとは南海さんですが…」
「あー、ナルからは変な顔文字のメッセージをもらってたよ」
歩千春がスマホの画面をみんなに見せた。
メッセージには、海の生き物の「タコ」の絵文字だけが貼り付けられていた。
「どういう意味なんだろう?」
全員が首を傾げ、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、会場へ入っていった。
――つづく