アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その8
罵声と怒号が飛び交う中、小林咲彩がリングに向かって歩いていると、ひときわ通る大きな声が会場に響き渡った。
「ひだまりラリアットだ~!邪魔するやつは皆殺しだ~!」
明らかに挑発目的で、アジテーションしまくっている。
その声のせいで、会場にはブーイングの大嵐が吹き荒れた。
小林咲彩はオロオロしながら、歩みを止めてしまった。
「ちょ、ちょっと!キャラが違いすぎます!ど、どうすれば…」
それでもアジテーションの声は鳴り止まない。
「喧嘩上等!28歳、小林咲彩だ!お前ら二人も、会場の豚どもも、全員まとめてぶっ潰してやる!」
「あわわわ、そんなこと言っちゃダメです!」
会場はもはや暴動寸前のボルテージになってしまっていた。
小林咲彩が慌てて花道を戻ろうとすると、入場口から、マイクを持ちサングラスをかけた“トロピカルな”衣装を身にまとった女性が現れた。
「ナルちゃん!」
ひだまりラリアットの“トロピカルキャラ”南海ナルだった。
彼女は何事も無かったかのように、スタスタと花道を歩き、小林咲彩の前に立った。
「あはは~、さやべぇ一人だと盛り上がるか不安だからさ、私が煽っておいたよ」
「ちょ、ちょっと!やりすぎです!私、殺されてしまいます」
「大丈夫だって、私がセコンドについてあげるからさ」
「それのどこにも大丈夫な要素ないんですけど……」
「ま、なんとかなるよ」
南海ナルはそう言って、小林咲彩の肩をポンと叩いた。
「だって私たち、アイドルだから!」
「そ、そうでした……アイドルはこのくらいのアウェー、へっちゃらですよね」
小林咲彩と南海ナルは、花道で拳を合わせた。
そんなやりとりをしている間も、場内では大ブーイングが巻き起こっていた。観客の怒りは頂点に達し、ペットボトルも飛び交っていた。
「うわー、これは伝説になるかもしれないね」
飛び交うペットボトルを眺める南海ナルの嬉しそうな顔を見て、小林咲彩も勇気が湧いてきた。
「はい。伝説の一歩、踏み出してきます!」
小林咲彩はゆっくりと花道を歩き、ようやくリングの下に着いた。するとそこへ、鬼の形相をしたベテランエースが襲いかかってきた。
「神聖なリングに上がるな!」
ベテランエースは手を伸ばし、小林咲彩の髪を掴もうとした。と、その時……。
「さやべぇ!やっちゃえ!」
「はい!」
南海ナルの掛け声を合図に、小林咲彩がベテランエースの顔面に、思いっきり拳を叩き込んだ。
「必殺~!パンチでデート!」
よくわからない叫びと共に繰り出された、鋭く重たいパンチで、ベテランエースはふっとばされてしまった。
仰向けに気を失ったベテランエースの頭の上には、ハートマークがクルクル回っていた。
場内は今起きた一連の出来事の、あまり衝撃度に静まり返っていた。
「あはは!さやべぇ、やっちまったねぇ」
南海ナルが不敵に笑った。
「やっちまいましたね!」
小林咲彩もこの一発で吹っ切れたのか、ニヤリと笑った。
「アイドルはやっぱり強いんですね!」
そう言った彼女の背後に、激怒した若手のホープが迫っていた。
――つづく
ひだまりデイドリーム 3両目 その場の思いつき
ノリノリささのり~!今日も総武線に乗って頑張るのり~!
アイドルグループ「ひだまりラリアット」の“清楚キャラ”こと、船橋出身の佐々木のりこです。
略して「ささのり」です。
私も駆け出しとはいえアイドルの一人なので、それなりにステージに立つことはあるのですが、どうしてもそこで存在感を出すことができないんです。
センターでエースの「ひななん」は、可愛さだけを集めて作ったお人形さんみたいだし。
リーダーの「ちはどん」は、ステージを弾丸みたいに駆け回る、元気の塊だし。
最年長28歳の「さやべぇ」は、ちょっとドジで天然の愛されキャラだし。
トロピカル?とかいう謎の設定の「ナルちゃん」は、不思議とかいうレベルを通り越した宇宙人だし。
私が好きなだしは、あごだしだし。
そんなモンスターたちを相手に“清楚キャラ”だけが売りの私が存在感を示すのは至難のワザなんです。
一度なんて、ライブ中にステージから袖に消えたことがあったんですが、お客さんどころかメンバーも誰も気づかなかったんですよ。信じられますか?
私「石ころぼうし」でもかぶっていたんでしょうか?
悩んだあげく、リーダーに相談したこともありました。「どうしたら私も目立てるようになりますか?」って。
そしたらリーダーからは「パーッって笑って、ピカーッって光れば目立つよ」という謎のメッセージをいただきました。
3日ほど朝から晩までその真意について考えてみましたが、答えは見つからず、もう一度リーダーに同じ質問をしてみました。
すると今度は「美味しいものをお腹いっぱい食べて、いっぱい寝れればいいんだよ!」と言われました。
――私は考えるのをやめました。
どうやら3日前の答えは、その場の思いつきで答えていたようです。
もう他人に頼るのはやめよう。自分だけで目立つ方法を考えよう。
きっと私を選んでくれた「アイキャラ」の出演者の方々も、何かしらの意図があって“清楚キャラ”という設定を決めたに違いありません。
……んん?もしかしてそれすらも、その場の思いつきとかじゃないですよね?
まさかアイキャラのみなさんも、清楚キャラについて特に何も考えていないとか…?
なんか不安になってきた……
「秋葉原~秋葉原~」
ナイスタイミング!
ダウナーモードに入りかけていたので、ちょっと救われました。
それじゃ!ささのりまたのり~!!
アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その7
午後8時45分。ついにメインイベントの時間となった。
この試合は大会を主催している中堅団体のベテランエースと、人気急上昇中の若手のホープとの、団体最強のベルトを賭けた戦いということで、ファンの期待値は団体の歴史の中でも最高のものとなっていた。
それを裏付けるかのように、会場を埋め尽くしたファンの熱気はすでに燃えたぎったような状態となっていた。
若い男性のファンが8割を締めているからだろうか、地響きのようなどよめきが会場に漂っていた。
そんな経緯など何も知らない小林咲彩は、今からこの熱狂の渦の中へ飛び込むのだ。
大歓声と共に、メインイベントで対戦する2人が入場し、リング上で対峙した。
コミッショナーからタイトルマッチの認定状が読み上げられ、チャンピオンからベルトが返上された。
いよいよ試合が始まる。――その時、場内が暗転して、高い電子音から始まるイントロが流れてきた。
――小林咲彩のソロ曲「Tweet」のイントロだった。
突然の展開に、戸惑いを隠しきれない会場。
何も聞かされていないリング上の2人も、本当に驚き、混乱しているようだった。
実はこの乱入、主催団体の上層部と、ひだまりラリアットのマネージャーの間だけでの取り決めだったのだ。
イントロが終わると共に、スポットライトが一斉に花道を照らした。
そこにいたのは、もちろん小林咲彩だった。
「あ、ああ……」
顔を覆いたくなるのを必死にこらえながら、小林咲彩は顔を上げた。
会場中の視線が、スポットライトを浴びた一人に集中した。
(信じられないぐらい大勢の人が私を見ている……ライブの時ですらこんなことは無かった……)
こんな状況なのにも関わらず、緊張よりも勝る感情――“高揚感”が小林咲彩の胸にこみ上げてきた。
会場は動揺から、怒号に切り替わっていた。
当然のことだった。プロレスファンなら瞬時に理解するこの忌まわしき展開。
団体の平和と調和の世界を壊す「乱入」という行為。
会場のファンは、今まさにそれが行われていることを理解したのだった。
罵声が飛び交う中、小林咲彩がリングに向かい一歩踏み出した瞬間、会場が揺れるほどの大ブーイングが巻き起こった。
ファンのすべての憎悪が小林咲彩に向けられた、その時――
ひときわ通る大きな声が会場に響き渡った。
――つづく
ひだまりデイドリーム 2両目 夢芝居
ノリノリささのり~!今日も総武線に乗って頑張るのり~!
アイドルグループ「ひだまりラリアット」の“清楚キャラ”こと、船橋出身の佐々木のりこです。
略して「ささのり」です。
普段から清楚な佇まいについて考えたりしているんですが、どこまでが清楚で、どこからが……えっと、清楚の対義語ってなんですかね?
「あばずれ」とか、「ビッチ」とか?
うーん、アイドルなのにビッチ……それって斬新かも。
えっ?「リアルのアイドルにはよくあること」ですって?
しーっ!それは言ってはいけません。
あー、あー、私、何も言ってませんよ!何も!
気をつけてください。私たちのような弱小事務所では、あっという間に闇に葬られてしまいますので。
コホン、話題を元に戻しましょう。
清楚な佇まいについて、例えばさっきも自動改札を通りましたが、清楚キャラの場合、自動改札を通る時はどうするのが正解なのでしょうか?
■案その1)「Suicaの読み取りセンサーを一度ハンカチで拭いてからタッチする」
……これは清楚と言うより、きれい好きですね。
私もよく間違いがちなのですが、“清楚”と“清潔”は違うんですよね。
却下です。
■案その2)「改札通るも多生の縁。後ろの方に一礼をしてから改札を通る」
……これはなかなかの迷惑行為ですね。“思いやり”を履き違えています。
スムーズに通ることこそ、後ろの方に対する最大の敬意なのではないでしょうか。
却下です。
■案その3)「日本舞踊のように華麗に舞いながらタッチ」
……上品な所作は清楚の条件のひとつではありますが、こんなことができるなら、もはやアイドルではなく大衆演劇のショーに出た方が良いです。
BGMは梅沢富美男さんの「夢芝居」ですかね。…って、例えが古くてわからないですよね。
却下です。
……うーん、清楚、奥が深すぎます。
アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その6
午後7時、ついに大会がスタートした。
最初の方に登場する選手たちは未来のスターを目指す若い女子レスラーたちだった。
小林咲彩は2階席の隅の方から彼女たちの試合を見ていたが、次第に申し訳ない気持ちになっていった。
(あんなに頑張っている人たちが、下からコツコツと積み上げて、上を目指しているのに、私はいきなりメインイベントに…)
若手レスラーの飛び散る汗を見て、いたたまれなくなった小林咲彩は、控室へ戻っていった。
控室では、メンバーの3人が、グループ曲の振り付けを練習していた。
小林咲彩が聞いた。
「みなさん、何をしているんですか?」
「だってリングの上で歌わせてもらえるんでしょ」
「か、勝ったらですよ!勝ったら!」
小林咲彩が慌てて補足すると、綾瀬陽菜はきょとんとした顔をしていた。
どうやら綾瀬陽菜にとっては、勝つことは前提らしい。
「だってさやべぇ、アイドルなんだから勝てるでしょ」
リーダーの歩千春が、さっきのマネージャーのセリフをなぞって笑った。
どうやらメンバーたちは本気で小林咲彩の勝利を信じているらしい。
――ただ「アイドルだから」という、雲を掴むようなフワフワした根拠だけで。
「……いいや。もう考えるのはやめよう」
そうつぶやいた小林咲彩は、控室に置かれた畳に横になった。
「起きたら明日になっていますように……」
小林咲彩は逃避を決め込んで、眠りについた。
大会がスタートしてから1時間半が過ぎたあたりで、マネージャーが控室に飛び込んできた。
「小林さん、そろそろ乱入の準備をしてください」
小林咲彩が慌てて飛び起きた。
「あれ?まだ今日?」
「まだ今日ですよ。早く乱入の準備をしてください」
「乱入の準備ってなんですか?」
もっともな質問だ。
「気合いを入れろってことじゃない?」
歩千春が軽い感じで割り込んできた。
「気合い入れか!いいね!みんなでいつものアレやろう!」
さらに割り込んできた綾瀬陽菜がそう言うと、いつの間にかリーダーの歩千春を中心に円陣が組まれていた。
「いまだになんで私たちがプロレスやるのかよくわからないけど、さやべぇ、頑張って!」
「……は、はぁ」
「いくよー!ひだまりポカポカ~」
「ラリアット!!」
全員の声が控室に響いた。
小林咲彩は、もはや自分の意志はそこにないことを悟り、うつろな目で巻き込まれるがままに身を委ねて、控室から出ていった。
――つづく
ひだまりデイドリーム【佐々木のりこの“キャラ崩壊”通勤ダイアリー】1両目 あいさつを考えよう
ノリノリささのり~!今日も総武線に乗って頑張るのり~!
申し遅れました。私、アイドルグループ「ひだまりラリアット」の“清楚キャラ”こと、佐々木のりこです。
今の挨拶は、私のお母さんが考えてくれたあいさつなのですが、どうも清楚キャラに合ってないような気がしています。
何か“清楚キャラ”らしい、新しいあいさつを考えたいところなのですが……。
今日はこの車内で新しいあいさつを考えてみたいと思います。
それにしても総武線はいつも混んでいますね。
でも、さっき電車に乗る時、そんな混雑をよそに船橋駅のホームを鳩が歩いていました。
鳩ってキャラが立ってていいですね。
頭と足が連動して動くなんて、キャラ強すぎです。そう考えると私は鳩よりもキャラが立っていない、鳩以下の存在ですね。
あ、でもスズメよりは上な気がします。
スズメは私よりキャラが弱いと思います。スズメの特徴って米をつつくぐらいですよね。
ウグイスは「ホーホケキョ」っていうよくわからない鳴き声でインパクトを残していきます。
ズルいぐらいキャラが立っていますね。「ホー」はまだわかるけど「ホケキョ」ってなんだろう?
んん~?あれ?ちょっと待ってください……スズメって「チュンチュン」って鳴きますよね。
もしかして「朝チュン」の「チュン」って、スズメの鳴き声ですか?
ズルい!「朝チュン」の「チュン」って言ったら、恋する女子が憧れるシチュエーションに欠かせない音じゃないですか!!
「スズメってどんな人」って聞かれたら「朝チュンのチュンの人だよ」って答えたらみんなわかるじゃないですか!!
……おぉっと!しまった!“清楚キャラ”は「朝チュン」って言葉なんて知ってちゃいけないハズだよね!
となると、やっぱりスズメはキャラが立っていないということで!あー、良かった。
あれ?そういえば、私、何か考えようとしてた気がするけど……
「秋葉原~秋葉原~」
まいっか。駅に着いたみたいなんで。
それじゃ!ささのりまたのり~!!