アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その6
午後7時、ついに大会がスタートした。
最初の方に登場する選手たちは未来のスターを目指す若い女子レスラーたちだった。
小林咲彩は2階席の隅の方から彼女たちの試合を見ていたが、次第に申し訳ない気持ちになっていった。
(あんなに頑張っている人たちが、下からコツコツと積み上げて、上を目指しているのに、私はいきなりメインイベントに…)
若手レスラーの飛び散る汗を見て、いたたまれなくなった小林咲彩は、控室へ戻っていった。
控室では、メンバーの3人が、グループ曲の振り付けを練習していた。
小林咲彩が聞いた。
「みなさん、何をしているんですか?」
「だってリングの上で歌わせてもらえるんでしょ」
「か、勝ったらですよ!勝ったら!」
小林咲彩が慌てて補足すると、綾瀬陽菜はきょとんとした顔をしていた。
どうやら綾瀬陽菜にとっては、勝つことは前提らしい。
「だってさやべぇ、アイドルなんだから勝てるでしょ」
リーダーの歩千春が、さっきのマネージャーのセリフをなぞって笑った。
どうやらメンバーたちは本気で小林咲彩の勝利を信じているらしい。
――ただ「アイドルだから」という、雲を掴むようなフワフワした根拠だけで。
「……いいや。もう考えるのはやめよう」
そうつぶやいた小林咲彩は、控室に置かれた畳に横になった。
「起きたら明日になっていますように……」
小林咲彩は逃避を決め込んで、眠りについた。
大会がスタートしてから1時間半が過ぎたあたりで、マネージャーが控室に飛び込んできた。
「小林さん、そろそろ乱入の準備をしてください」
小林咲彩が慌てて飛び起きた。
「あれ?まだ今日?」
「まだ今日ですよ。早く乱入の準備をしてください」
「乱入の準備ってなんですか?」
もっともな質問だ。
「気合いを入れろってことじゃない?」
歩千春が軽い感じで割り込んできた。
「気合い入れか!いいね!みんなでいつものアレやろう!」
さらに割り込んできた綾瀬陽菜がそう言うと、いつの間にかリーダーの歩千春を中心に円陣が組まれていた。
「いまだになんで私たちがプロレスやるのかよくわからないけど、さやべぇ、頑張って!」
「……は、はぁ」
「いくよー!ひだまりポカポカ~」
「ラリアット!!」
全員の声が控室に響いた。
小林咲彩は、もはや自分の意志はそこにないことを悟り、うつろな目で巻き込まれるがままに身を委ねて、控室から出ていった。
――つづく