ひだまりラリアットLOVE

ひだまりラリアットを応援し続けるブログです。

春色スタッカート ♭1

 何から話したらいいかな……
 ……やっぱり六年前のあの日から始めるのがいいかも。

 それじゃ巻き戻すよ。春色に輝いていたあの日へ――


 ――窓際のいちばん後ろの席に座っていたりしたら、まだ物語の主人公に見えたのかもしれない。
 でも私の席は、廊下側の真ん中。
 目立つわけでもなく、誰かの視線を感じるわけでもない。
 席替えで決まった席は、まるで主役になれない私の存在を象徴しているかのような席だった。

 中学三年の一学期も半ばを過ぎた。
 先生は「受験に向けてスタートダッシュを決める時期だぞ!」なんて言ってたけど、四月と五月を過ぎてもそんな実感は無かった。
 「受験」なんて言葉は、まだ現実味のない遠い世界の話のようだ。
 何の取り柄もない私は、家から一番近い普通の公立高校に行くことになるだろう。
 そして平凡な高校生活を送って、何事もなく卒業して、地元の企業に就職して、二十五歳ぐらいで職場結婚かな。
 私の未来はそんな感じだろう。

 今は六月の頭。今週末、私たち三年生は修学旅行に行くことになっている。
 青森の中学校の修学旅行先といえば、東京に行くことが多い。
 もちろん私たちの中学校も、東京に行くことになっている。

 テレビの中でしか見たことが無い東京。
 青森からほとんど出ない私にとっては、本当に存在するのかよくわからない、頭の中にある遊園地のような場所だ。
 ま、せっかくの機会だから、一生に一度くらいは見ておいても良いかもしれない。

 席替えと共に、班も変わった。
 修学旅行の班行動は、この新しい班で行かなくてはいけない。
 新しい班には、親しい友人は一人もいなかった。
 私はクラスメイトとは全く話さないわけではないけれど、これと言った特定の仲良しもいない。
 まぁそれはそうだろう。いつも席で本を読んでいる私と仲良くなろうなんていう物好きはいない。
 かといって、別にみんなから嫌われているわけでもないし、みんなを嫌っているわけでもない。
 とにかく「無」。風景の一部。それが私の存在だった。

 その日の学級活動では、班ごとに分かれて、修学旅行に向けての話し合いが行われていた。
 この話し合いで、修学旅行の班行動の時間に訪れる場所を決めることになっている。
「ねぇ、小山内さんは、どこか行きたいところある?」
 隣に座っていた女子――どうやら班長に選ばれたらしい女子が私に声をかけてきた。
「えっと……特に……」
「遠慮しないでいいからさ、せっかくだから希望を言ってね」
「それが……遠慮とかじゃなくて、本当に無いんです」
 私はそのまま口をつぐんだ。
 本当に、心の底から、行ってみたい場所が無かった。
 無理やり考えようとしたけど、何も浮かんでこなかった。
(あー、私って空っぽなんだな)
 話題はすでに班の他のメンバーの行きたい場所に移っていた。
 原宿、浅草、秋葉原、お台場……定番の観光スポットが次々と挙げられていた。

 最後にまだ希望を聞かれていない男子に順番が回ってきた。
 その男子のことは、私もよくわからない。
 彼は休み時間になると、いつもイヤホンをして、何か動画を見ている。
 クラスの女子たちは、一人でニヤニヤしている様子を見て「近寄りづらい」などと噂していた。
 班長は先生から言われた「全員の希望を聞く」というルールを守りたい義務感だけで、彼に話しかけた。
「ねぇ、増野くん、あなたは行きたいことろ無いの?」
 動画を止め、イヤホンを外した増野くんは、ぶっきらぼうに答えた。
「……オレは新宿ルミネに行きたいんだけど。……どうせみんなは行きたくないだろう」
 新宿ルミネ……そこに何があるのかよくわからなかった。なので行きたいも行きたくないも、何の感情も無かった。
 ところが、増野くんの言葉を聞いた班長は、笑顔になった。
「ねぇ増野くん、それいいじゃない!新宿ルミネってお笑いのライブをやっているところだよね」
 増野くんは一瞬「おっ?」という顔をしてから答えた。
「そうだよ」
「だよね、だよね!テレビに出てた誰かが言ってたもん」
 班長はさらに続けて「芸能人に確実に会えるじゃん!」と嬉しそうにはしゃいだ。その様子を見て、班のメンバーも続いた。
「へぇ~そうなんだ」
「面白そう!私も行きたいかも!」
 班のメンバーは皆、乗り気になったようだ。それを同意とみなしたのか、班長が何のリアクションも無かった私に最終確認をとった。
「小山内さんも、新宿ルミネをルートに入れてもいい?」
「……はい」
 正直お笑いのライブがどういうものなのかもよくわかってないけど、みんなが行きたいというなら、それはそれで面白い場所なんだろう。
 
 ――そう、この時の私は、このライブが私の人生を大きく変えることになるとは、まるで気づいていなかった。

 冬が終わり、春への扉が開かれようとしていた。