アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その11
小林咲彩と中堅団体のベテランレスラーがリングの中央で対峙していた。
観客のどよめきと怒号の中、二人の距離がジリジリと縮まっていく。
団体のエースとして乱入者に負けるなんてことは許されない。
しかもメインイベントのタイトルマッチを潰されたことで、ベテランレスラーの怒りは頂点に達している。
そんな中でも、団体を代表するレスラーの矜持として“試合として”魅せようとするところが、若手レスラーたちが心酔するエースたる所以でもある。
セオリー通りでいけば、両手をあげて近づいている二人は、リング中央でがっしりと手をつかみ合い。そこから力比べが始まるところだ。
しかし、相手はプロレス素人の小林咲彩。何が起こるのか全く予想できない。
まさに両者が中央で、手を組もうとしたその時!
「さやハンマー!」
なんと、小林咲彩が相手の顔面めがけて頭突きを放った。
「お、おまえ、汚えぞ…」
ベテランレスラーは片膝をつき、鼻を押さえている。
「汚くありませんよ。シャワー浴びて来ましたから」
小林咲彩は片手で髪をふわりとなでた。
リング上にシャンプーのいい香りが漂った。
「ねえ、ナルちゃん、この方、膝ついちゃったけど……」
セコンドの南海ナルが小林咲彩に向かって怒鳴った。
「気にしないでボコボコにしちゃえ!勝てるよ!」
「そっか!勝ったら歌えるんだった!」
小林咲彩は、ぎゅっと拳を握った。
「すみません。ボコボコにさせていただきます」
片膝を付いているベテランレスラーに近づいた小林咲彩は、そのまま顔面に前蹴りを入れた。
「えぇっ!?拳握ってたのに!」
容赦のない、えげつない蹴りをもろに顔面に受け、ベテランレスラーは髪を振り乱しながら吹っ飛んだ。
仰向けに倒れているところに駆け寄った小林咲彩は、そのままベテランレスラーを何度も踏みつけた。
「さやスタンプ!」
顔面を何度も何度も踏みつけている小林咲彩。
セコンドの若手レスラーから悲鳴が聞こえてきた。
小林咲彩はそれでも顔面を踏み続ける。
「ちょっと!さやべぇ!踏みすぎ!」
たまらず南海ナルが叫んだ。
「だってプロレスでは顔面をパンチしたら反則って、ウィキペディアに書いてありました」
「だからといってやりすぎだよ!これじゃグロすぎてショーじゃないよ!」
ハッという顔をして、小林咲彩は踏みつけをやめた。
「そうでした。プロレスはショーでした」
お客さんに魅せる気持ちを忘れていた小林咲彩は、自分の頭をコツンと叩いて舌を出した。
「テヘッ」
「古いよ!」
南海ナルは音速でつっこんだ。
「ではいったん仕切り直します」
小林咲彩はベテランレスラーの両脇を抱え上げ、無理やり立たせた。
相手はもはや意識朦朧として、足元もおぼつかない。
「こりゃ戦いじゃなくて、ジェノサイドだね」
セコンドの南海ナルが慈悲の目で相手を見ていた。
小林咲彩は、相手から少し距離を取ってお辞儀をした。
「えっと…それでは決めさせていただきます」
「……さやべぇ、テンポ悪いよ」
「ウィキペディアにはテンポとか書かれて無かったので……」
「文字だけじゃなくて試合を見なきゃ勉強にならないでしょ」
「そうですね。次はそうします」
――試合中だというのにセコンドと長話をしている間に、相手の意識が回復していた。
「……次…なんて無い!」
ベテランレスラーはフラフラになりながらも、小林咲彩の顔面めがけて渾身のパンチを繰り出してきた。
「よーし、魅せますよ~!」
小林咲彩は半身でパンチを避けると、ベテランレスラーの背後に回り込んだ。
そして、思いっきり力を込めて、バックドロップを繰り出した。
「きらきらアイドル☆ティアドロップ!」
見た目はただのバックドロップだったが、そのパワーはすさまじく、叩きつけられたベテランレスラーはマットから大きく跳ね上がった。
その圧巻の迫力に会場中がシーンと静まり返った。
「いやー、アイドルってこんなにパワーがあるんですね」
「違うって、さやべぇが馬鹿力なだけだって!」
ベテランレスラーは完全に大の字に伸びている。
「さやべぇ、カウント!」
慌てて覆いかぶさった小林咲彩。
レフェリーは躊躇しつつも、3カウントを叩いた。
――つづく