アイドルは本当は強いんです! ~ひだまりラリアット プロレスはじめました~【第1話】その9
「さやべぇ!後ろ!」
南海ナルの声に振り向いた小林咲彩だが、ほんの数秒、タイミングが遅かった。
激怒した若手のホープは、パイプ椅子で小林咲彩の頭を強打した。
バコンという不快な音を立て、パイプ椅子が頭にめり込んだ。
「さ、さやべぇ!」
いつもマイペースな南海ナルですら絶叫するほどの衝撃が会場中に広がった。
ところが、小林咲彩は仁王立ちしたまま、身動きひとつしなかった。
「もしかして、さやべぇ、気絶……」
若手のホープは、さらにパイプ椅子で、お腹や背中など、様々なところを攻撃してきた。
それでも小林咲彩は微動だにしない。
「さやべぇ!さやべぇ!」
思わず南海ナルが駆け寄ろうとした、その時!
小林咲彩が若手のホープを首相撲に捉え、強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
顎に入ってしまった若手のホープは、白目をむいて失神してしまった。
「ふぅ~、護身術やっててよかったです」
小林咲彩が「へへっ」と笑った。
「なんか、ぜんぜん痛くなかったです。アイドルって体も丈夫なんですね」
南海ナルは驚きのあまり、口をあんぐり開けていた。
「あんなに殴打されていたのに、痛くないの?」
「はい、逆に気持ちよかったです」
「なんか、変なドーパミンだかアドレナリンだか出てるんじゃない?」
「そうですね、強いて言えば、『アイドルレナリン』でしょうか?」
「おっ!それいいね!私も使わせてもらうよ!」
とても敵地のリング下とは思えない、のんきな会話をしていると、団体の若手レスラーたちが控室から花道へ飛び出してくるのが見えた。
「さやべぇ、リングに上がろう!私たちの勝利を宣言するよ!」
「は、はい」
南海ナルはマイクを手に、小林咲彩は堂々と、優雅にリングに上がった。
「ふむふむ、ここから見ると、また絶景ですね」
小林咲彩はリングの上から会場を見回した。
リングの上には激怒した観客達が投げ込んだペットボトルやゴミなど、様々なものが散らばっている。
「こりゃ大歓迎だね」
「お掃除大変ですね」
もうすぐリング上に団体の若手レスラーたちが上がってくる。
2人が覚悟を決め、全員を迎え撃とうとした瞬間……
「えっ!」
小林咲彩は後頭部にドロップキックを浴びせられ、大きく吹き飛ばされた。
――ドロップキックを放った相手は、息を吹き返していたベテランレスラーだった。
――つづく